
山口瑞鳳文庫
山口瑞鳳文庫について
山口瑞鳳文庫は、山口瑞鳳先生のご遺志により、東光寺に寄贈された蔵書です。
添付リストに登録された図書は、チベット語文(蔵文)図書(複写版を含む)371 点、和書206 点、洋書299 点、漢書85 点です。このほかに自筆ノート、一般向け図書を合わせ、東光寺にてすべて公開しております。蔵文図書は、古代の敦煌出土文献、仏教史、歴代ダライラマの伝記、仏教典籍など多岐に渡り、先生の書き込みがあるものも少なくありません。洋書は、フランス留学時代に入手された貴重書を多く含んでおります。これらによって、先生のご研究の足跡を辿ることができます。また、一部写真にて紹介いたします先生のパリ時代のスタン先生、ラルー先生の講義ノートは、当時のチベット語文献学習を知る貴重な資料です。これら蔵書全体から、先生がいかに膨大な文献を丁寧読み解き、内容について思索されたかが窺われ、どれほど先生が学問への深い情熱を抱いておられたかが伝わってきます。
蔵書リスト作成にあたりまして、吉水清孝(東洋文庫研究員)、乾将崇(東京大学文学部)、矢ノ下智也(日本学術振興会特別研究員、駒澤大学)、繆寿楽(大谷大学真宗総合研究所東京分室、P D 研究員)に多大なるご尽力をいただきました。感謝申し上げます。
蔵書の閲覧を希望される方は、東光寺までご連絡ください。



蔵書リスト
山口瑞鳳先生とチベット研究
山口瑞鳳先生(1926―2023)は、チベットの歴史、宗教、言語などあらゆる分野にわたって優れた研究を残されました。チベットとは、ヒマラヤ山脈の北側に広がるチベット高原を中心とした地域で、チベット民族は、現在の中華人民共和国内の西蔵自治区、東の青海省、四川省、雲南省、甘粛省にまたがる地域、さらにネパール、北インドのラダック地方に居住しています。一九四九年に中華人民共和国成立後、その一部となりましたが、長い歴史においては、チベット民族は7〜8世紀に中国の唐に匹敵する大帝国を中央アジアに築き、その後もチベット地域を統治してきました。インドから伝えられた仏教文化は、13世紀にモンゴルにも広がり、元朝、明朝、清朝といった中国の王朝にも影響を与えました。山口先生は、金沢工業専門学校機械科、第一高等学校文科をへて東京大学へ入学され、チベット語と出会いました。1953 年印度哲学梵文学科を卒業、さらに大学院に進学、辻直四郎教授、中村元教授という当時の碩学のもとで、インドの古典サンスクリット語から翻訳されたチベット語の文法的特徴を研究されました。
1958 年32 歳でフランス国立科学研究センター(CNRS)研究員としてパリへ渡り、中国学・チベット学の第一人者であったスタン教授、 ラルー教授に師事し、パリ大学高等学術研究院で古代・中世チベット語、敦煌で発見されたチベット語文献、チベット史の研究に携われました。この間にさまざまなチベット語で著された史書、仏教文献を読まれ、たいへん熱心に勉強された様子が、残された講義ノートから窺われます。ロックフェラー財団の支援も受けてフランスで過ごされた歳月は6 年になります。1964 年9 月に帰国され、現在の公益財団法人東洋文庫研究員となられ、以来東洋文庫では最晩年まで研究員を務めらました。1970 年、東京大学文学部助教授、1979 年に教授になられ、多くの後進の育成にあたられました。東京大学退職後、名古屋大学で3 年間奉職された後、1989 年東京大学名誉教授となられ、以降は以前より関わっておられた成田山仏教研究所に客員研究員として在籍されました。
山口先生のご業績は、大きく分けてチベットの歴史、言語、仏教の三つの分野にまたがっています。1979 年『吐蕃王国成立史研究の考証的研究』で東京大学において博士の学位を取得され、その改訂版を1983 年『吐蕃王国成立史研究』として岩波書店より出版、翌年に日本学士院賞を受賞されました。これが歴史研究の集大成であるとすれば、チベット語研究の結実として『チベット語文語文法』(春秋社1998 年)があげられます。教科書向けにコンパクトな『「概説」チベット語文語文典』(春秋社2002 年)も出版されました。晩年は仏教研究に情熱を傾けられ、ご自身の仏教解釈をまとめられた『「評説」インド仏教哲学史』(岩波書店2010 年)が最後のご著書となりました。このほかにも、山口先生は実に多岐に渡るテーマで、和文論文100 点余、20 点ほどの欧文(英語またはフランス語)論文を発表されておられます。また、広くチベットに関心を持つ人たちに向けて執筆された『チベット』(上下、東京大学出版会1987–88 年、毎日出版文化賞受賞)は、多くの読者を得ています。チベットに関することであれば、何でもご存知でした。それでも、実際にチベットの地(西蔵自治区ラサ)に足を踏み入られた時は、「百聞は一見にしかず」と感動を口にされておられました。
山口先生の学風は、フランス仕込みの厳しい批判精神に満ち、かつ真実探究の情熱と学問への愛に支えられたものでした。チベットは、現在でこそ一地域、一民族の名称となっていますが、歴史的にはアジアの中で大きな役割を果たし、その仏教文化は内陸・東アジアに広がり、さらには欧米でも高い評価を受けて、人々の精神文化を支えるものとなっています。山口先生は、その内容と価値を知らしめ、日本のチベット研究を牽引し、その発展に大きな貢献をなされました。今日、日本のチベット研究者が世界的に活躍する礎を築いてくださったと言えましょう。








